行財政の難しさ
原田泰氏の本『なぜ日本経済はうまくいかないのか』『日本はなぜ貧しい人が多いのか』(いずれも新潮選書)が最近読んだ本の中で非常に面白かったです。さまざまな経済トピックが歯切れよく書かれています。
浦安市でも待機児童問題などがよく論点(待機児童は都市型の問題ですから)になりますが、面白い切り口でこのことについて書かれています。私もなぜできないかと思案しており非常に参考となりました。
待機児童問題に関連して、幼保一元化はなぜできないかはよく論点になりますが、たしかに保育所は足りないのに、幼稚園はつぶれている話はよく耳にします。幼稚園で保育所ができるようにすれば、幼稚園は閉園せずに、働きたい女性は子供を預けることができます。
幼稚園は文科省所管で、保育園は厚労省所管というセクショナリズムもあるのかもしれませんが、課長のポストが一つなくなるというのは些末な問題であり、筆者いわく、保育所は、母親が生活のために働かざるを得ない場合に子供を預かるところで、福祉的要素が強く、より多くの補助金が投入されている。一方、幼稚園は、基本的には専業主婦の子供を預かるところであるので、福祉的要素はなく、補助金の投入も少ない。
そのため、幼保一元化した場合には、どちらの補助金に合わせるのかという話になる。潤沢な方の補助金に合わせれば皆が幸せだが、政府にお金がない場合はそうもいかないことが根本原因であると言う。
筆者としては、今までの既得権は既得権としてそのままにしておき、幼稚園に預かり時間を延長し、乳幼児までを預かるための新たな補助金を投入するしかないという(認定こども園という名で進んでいるが歩みは遅い)。歩みを早めるためには、むしろ既得権を既得権として認めることが必要と説き。改革を妨げているのは、既得権があるからというより、既得権を認めないからだという。既得権を認めてなければ、既得権者が反対するは当然だが、認めてしまえば反対する理由はない。新たにできる預かり時間を延長し、乳幼児までを預かる幼稚園の保育料は、これまでの保育料よりは高くなるが、これまで預けることのできなかった子供を預けることができるようになり、ゼロよりもなんらかのプラスになることは良い方向になるのではないかと述べる。
既得権は認められないとわかっていれば、既得権を隠しわからないようにする。むしろ、既得権は認められしまえば、既得権益を明らかにして、改革を進めることができる。幼稚園の補助金をどう、ねん出するか非常に悩ましいが前に進めなければならない問題です。一難さってまた一難。また、おそらくこの形で進めると、幼稚園の方が割高になり、そこでまた論点が出てくると思いますが、拙速か巧遅だったら拙速のほうが良いのではないでしょうか。
仮に今後同じようなサービスになったとしたら、所得状況に応じて振り分ける必要があると思います。
2011年07月21日
柳 毅一郎