備忘録
PIMCO(世界最大の債券専門運用会社であり、運用資産総額は約70兆円(2006年6月末現在))の公開情報より
欧州とは本質的に異なる日本国債
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今回の円債フォーカスでは、最新のPIMCOのグローバル経済予測、日本経済の見通しおよび注目点、日本債券投資について、PIMCOマネージング・ディレクターで、日本債券運用を統括するポートフォリオ・マネージャーの正直知哉よりお話しさせていただきます。
問:日本についてのお話に入る前に、まずその前提となるPIMCOのグローバル経済の見通しについて教えてください。
正直:年初より、欧州の短期的な安定と米国の景気回復が、リスク資産に好影響をもたらしたわけですが、今後のポイントは、これらの要因がどの程度続くかということです。PIMCOとしては、当面この状態が続いても、半年から1年を見通すと、必ずしも楽観できるような状況ではないと考えています。レフト・テール・リスクはいったん軽減しても、いくつかの要因により、また顕在化すると予想しています。ひとつには欧州の今後の政策対応が挙げられます。欧州中央銀行(ECB)の政策はあくまでも流動性供給の政策であり、これは時間稼ぎにはなりますが、本来の構造的問題の解決には直接つながりません。
米国の景気について考えるとき、1点プラスと思われるのは、危機以前に問題とされていた民間セクター、特に家計のバランスシート調整が進んでいる点です。このことが住宅セクターの回復の背景にあると考えています。しかし調整はまだ完全に終わってはいません。また、米国の雇用については、足元は回復しているものの、リーマン・ショックの後失われた約900万人の雇用は、いまだその半分以下しか回復していません。さらに雇用報酬は伸びておらず、楽観視はできません。もう一つ米国経済においてはマイナス要因があります。2013年1月に多くの減税措置などが期限切れとなり、11月には大統領選挙を控えているため両党間で早期の延長合意は考えにくく、非常に不確かな状況となっています。
エマージング諸国については、全般的に景気は弱いと見ています。たとえば中国の経済成長ですが、PIMCOでは、市場のコンセンサスよりは慎重に見ており、今後1年では実質GDP成長率は8%を割ってくると予想しています。多くの人が予想するほど景気刺激策は行われないと考えています。2008年以降実施した大規模な財政出動はグローバル経済の景気浮揚に貢献しましたが、その負のレガシーが残っています。それは、昨年夏ピークを打ったとみられるインフレがいまだ高水準にあることや、資産価格、貧富の差の拡大、国内の投資と消費の不均衡といった問題です。そのため、前回の危機後、2008年から2009年のように中国がグローバル経済のけん引役となるとは考えにくいでしょう。
政治の面では、今年は世界中で政治イベントが多く控えています。欧州では他にも選挙が予定されており、中東情勢も注目が必要です。日本に関しても、消費増税や原発再稼働等の議論が政局に左右されています。そのため、足元のグローバル経済の安定が継続するとは考えていません。
問:次に日本についてですが、2月と4月に日本銀行が追加緩和をしました。これについてはどのように考えていますか。
正直:2月に日銀がインフレの「メド」を設定し、資産買入れ枠の増額を決定したことは、市場の意表をついていました。日銀は、2月の決定までは、非伝統的政策のベネフィット(恩恵)とリスク・コストを比較すると、恩恵は限られるわりにリスクとコストが高いと明確に主張してきており、1月にも白川総裁が講演でそう発言していました。そのバランスに対する日銀の考え方が変わったのかどうか、それが焦点です。
4月末の決定会合では、市場の予想通り政治的プレッシャーもあり、さらなる追加緩和を決定しました。しかし、白川総裁の発言などからは、日銀は実際には緩和によるリフレ効果に関しては半信半疑で、やはり債務のマネタイゼーションと取られることを懸念しているように見えます。そのため追加策は大規模なものではなく、そのため結果が市場に伝わった後の反応も限定的でした。
政策の恩恵という意味では、白川総裁の4月の講演では、政策のトランスミッション・チャネルについて言及しています。第1段階は、金融環境をより緩和的にすること。つまり、クレジット・スプレッドが縮小し、金利が低下し、株価が上昇すること。第2段階は、その緩和された金融環境が、民間セクターの投資行動や消費行動へポジティブな影響をもたらしているか、です。このうち、特に第2段階については、どの程度家計および企業の投資・消費行動への影響があるのか、日銀ははっきりとは言っていません。日銀の見解は変わっていないだろうと私は考えていますが、この点が明確でないため、日銀の政策の予見可能性が落ちてしまっています。
リスクとコストに関して言えば、非伝統的政策のリスクとは、緩和過ぎる金融政策が続くことによって将来のバブルを生んでしまいかねない、あるいは金融セクターを不安定にしてしまう可能性がある、というのが日銀の考えるリスクとコストです。
結論としては、非伝統的政策による恩恵と、リスクとコストのバランスについての日銀の評価は、変わっていないと思っています。しかし、一方では金融政策の独立性に言及しながら、政治的要因が政策を決定しているように見えるため、金融政策の見通しは予見しにくい状況になっています。
金融政策の効果を発揮するためには、外債の購入等、強力な円安政策を推し進める必要があると考えていますが、日銀のリスクとコストに対する考え方を考慮すれば、日銀が積極的かつ能動的に動くとは思っていません。
問:続いて、日本経済に関してPIMCOはどのような見通しを持っていますか。
正直:まず、引き続きグローバルな環境が外需に影響を与えますが、外需に関しては市場のコンセンサスより弱くみるべきと考えています。したがって日本経済に関してもコンセンサスより慎重に見ています。
もう一つ、確かに復興関連の公的支出によるGDPの押し上げ効果はあるのですが、震災以降続いている、民間投資は国内から海外へというトレンドは変わらず、公的部門の投資から民間へのバトンタッチは期待しにくい状況です。
さらに、2013年を見通しますと、復興関連の公的支出については、その効果が剥落すると予想されます。2013年度には、社会保障費負担が引き上げられる予定ですが、給与所得者の知らない間に給料からの天引きが増え、家計所得に圧力となります。このことからも、日本経済に対しては慎重な見方をしています。日本経済の自律回復はのぞみにくく、日銀も市場が期待するほど強力なリフレ政策には移行しないだろうと考えられるため、デフレ基調は長く続くでしょう。それにより、日銀の低金利政策は長期化すると見ています。
問:では以上を踏まえた上で、日本国債(JGB)の見通しを教えてください。これまでの見方に変化はありますか。
正直:JGBの金利上昇の可能性に関して、国債残高の規模や経常収支が大きくクローズアップされがちですが、究極的かつ最大のリスクは、デフレからインフレへの転換だと考えています。しかし、当面その可能性は低く、従って、低金利の状況は続くと予想しています。PIMCOでは、基本的には日本債券は「cleaner dirty shirtである」、つまり財政状況からは絶対的に信用力が高いとは決して言えないものの、グローバルに見れば相対的にはましな方であるという見方を維持しています。
日本に限らず、ソブリンに対する考え方において、重要な点は二つあります。一つには、ソブリンには徴税権があるため、政府のバランスシートだけではなく、その国の民間セクターと一緒にして考える必要があるということです。つまり、その国全体のネットの対外ポジションを見る必要があります。日本の場合は、世界最大の、GDPの約60%にあたる対外純資産があります。ちなみに欧州周縁国、さらにはユーロ圏全体でも、対外純負債となっています。二つ目は、その国の負債の通貨を発行できる中央銀行を持っているかどうか、という点です。その二つの点で、日本は「cleaner dirty shirtである」という判断をしています。
早晩、日本の経常収支が継続的に赤字になるのではないかという懸念がありますが、所得収支の安定性を考えるとその可能性は低い上、対外純資産がGDPの60%あるため、仮に経常赤字が何年か続いたとしても対外純資産が純負債となるのはまだまだ先です。つまり、円の安全資産通貨としての位置づけはほとんど変わることはなく、グローバルに期待成長が高まらない中、消去法的に円資産が選好されるでしょう。
また、対外純資産があるということは、円建て負債に対し、円建ての資産が不足しているために対外で資産が発生していると考えられます。日本に住み続ける限り、将来的に円での支払いは常に発生していくために実質的に円負債を持っているわけで、よほど為替リスクを取りたい人を除けば、円資産が必要です。これから先、国外に移住する人、すなわち将来の負債を円から他の通貨に切り替える人も増加する可能性はありますが、言語、習慣、文化などの違いを考えれば、その数はやはり限定的でしょう。従って本格的な資本逃避は起きないと考えています。
JGBの金利上昇シナリオとして最も蓋然性が高いのは、グローバルによりインフレ的になり、グローバルに金利が上昇して、それに伴い日本の金利も上昇するというシナリオでしょう。その場合、他の主要国の金利、すなわち米国債やドイツ国債の金利は日本よりさらに上昇していると想定しています。つまり、日本の金利だけが日本独自の要因で急騰するという、いわゆる日本国債暴落論というシナリオはほとんど考えられないと思っています。
金利上昇が起こった場合のポートフォリオへの影響について言及しますと、金利上昇のスピードによっては短期的にマイナスのリターンとなったとしても、再投資の際の利回りも上がっているわけですから、長く保有するならばトータル・リターンでは悪くならないと考えます。あるいは、金利がゆっくりと上がる場合には、それまでに得られるクーポン収入で補える可能性が高いでしょう。さらに、もし日本国債以上に米国債やドイツ国債の金利が上昇している場合には、日本国債が他の先進国の国債をアウトパフォームしやすいと言えるでしょう。とはいえ、PIMCOでは、現時点で日本の金利が早々に上がるとは考えていません。
2012年06月19日
柳 毅一郎