世界ウイグル会議の皆様といわき市慰問に行って参りました
5月19日世界ウイグル会議の皆様といわき市慰問に行って参りました。 中国共産党はウイグルの地で核実験を繰り返し行ってきた歴史があります。同様に、福島県の人々は、原発事故による放射能の中暮らしております。今回そういった意味合いからも、「世界ウイグル会議」の皆様がぜひ、福島へ慰問へ行きウイグルの民族音楽や舞踊、料理を振る舞いたいとの想いを持っておりました。今回その実現を支援するため「世界ウイグル会議を応援する日本人の会」の一員としていわき市の仮設住宅へ同行して参りました。また、自身の目で3.11直後に行ったいわき市がどう変化しているのか確認したい意味合いもありました。
いわき市内の仮設住宅にて、被災地の皆様に、ウイグルの音楽や舞踊を楽しんでいただきました。印象的なシーンとして、いつも非常に雄弁なラビア・カーディル氏が被災者を目の前にして、胸がドキドキして何を話したらいいかと言葉に詰まり・・・話しだしてからいったん中断し、少し時間をおいてから話すと仰ったことです。それだけ胸を締め付ける何かがあったのだと忖度いたします。
ウイグル料理は非常に好評でして、いわき市のみなさんもペロリと食べていました。日本でもウイグル料理を出す店は2店舗しかないそうで、その意味でも貴重な経験でした。
自身、一年ちょっと前にいわき市へ支援物資を持って行った際に比べると、車の交通量は格段に増えていました。当時はコンビニすら空いていない状況でしたから、最悪の時よりは良い印象です。ただ、やはり津波で流された住宅の跡地を見ると復興が進んでいない現状があります。
新聞記事になっておらず取り上げられておりませんが、このような慰問を行ってくれたこと、そしてウイグルの皆様が亡くなった方々へ祈りをささげてくれたことを日本人の一人として決して忘れません。車でこの津波で住宅を流された被災地の光景を見たラビア・カーディル氏の悲しい表情、そして間髪入れず車内ですぐさまお祈りを捧げていたことも私の心に響きました。
今ブログを書いている23日現在、ほとんどの方がそれぞれ各地にお帰りだと思います。ウイグル人の自由と独立が達成されるよう、ウイグルの地で自由が実現される日が一日でも近いことを切に祈ります。
2012年05月23日
柳 毅一郎






