歴史や公民の教科書について
私も議会で取り上げ、随分しつこくやりますが、かなり強い思いがあります。
余談だが父が東京教育大学附属中学・高校という、東京高等師範学校、東京教育大学というある種の戦前と今の教育界の先鞭をつけた先生の流れをくむところで思春期を過ごしたものなのでおかしいとの意見を自分の家庭で聞き、私淑してました。高嶋伸欣とか家永三郎とか。高嶋伸欣氏については、東京教育大学附属高校の当時の生徒は馬鹿にしてたらしいです。当時地理の先生で、また先生が何か言っているよと当時の生徒がみんなが、言っていたらしいです。まあテストでだされたら、意にそうようにペーパーに書くかと(笑)イヤな子供たちですが、考える能力は高いと思います。
なぜかそのあと大学で資本論を岩波書店や大月書店やこぶし書房で読みましたが、まあ現状分析は良くできているかもしれませんが、対案無理じゃないかと思いました。
マル経なんて、供給(サプライサイド)しか考えてない妄想だろうと.
供給は、生産物をつくるためモノが無限に無いと無理。社会主義は工場等生産拠点を公に持ってくるが、共産主義は消費財を公まで持ってくるのが目標! 消費財は無理だ。
余談ですが、教育に関して言えば、それ以後、アメリカ教育使節団報告書 村井実 講談社学術文庫を読んで、ああ教育とは、政治の下部機関というか我が国じゃない外国に支配にあるのか、我が国らしさは捨象されるのかと残念に思いました。
学校の先生も政治にはあらがえないんじゃないでしょうか。高校時代の先生に、日米安保について聞いて閉口させたことがありますが。
歴史や公民については、気合入れて頑張りたいです。大学受験はたまには役に立つ、山川出版社の日本史の用語集をひたすらに暗記していた浪人時代の日々を思い出す。父から日本史が今後大切という言葉から本当に誠心誠意考えてきました。
あと感度のにぶい人に言いますが、政治(既存の常識からくる短期の身近な常識を保守し選択する考え)軸は右でも、経済軸(資本主義の枠内で)については左ということはいくらでもあります。そのあたりを峻別する必要があります。だいたい、北一輝とか大川周明なんて経済軸は左なんです。歴史が好きですから、確かに戦前は経済格差は大きかったとおもいます。そのあたりをいかに調和させるか。新聞社でよくみられる政治経済という2次元というマトリックス図ではなく、歴史(ちなみに公民は戦後史を分離させただけ)文化慣習という長期の時間軸の三次元を取り入れた方がいいと思います。数学でいうと面積から体積です!
2015年02月22日
柳 毅一郎