少子化問題
時は1933年のドイツ。
社会民主党に代わり、新たに政権を握った国家社会主義ドイツ労働者党内閣が直面したのは過去例のない ”少子化問題” でした。
第一次大戦の敗北とその後の世界恐慌によってドイツは失業者に溢れ、将来を悲観した国民にとっては、到底子作りなど望めない状況になっていたのです。
具体的には1910年に30%あった出生率は見る間に急降下し、1933年の普通出生率はわずか14.7%になっていました(ちなみに現在の日本は8.8%で世界史上最悪の数字)
戦前のドイツの少子化問題に対する経済対策です。国立社会保障・人口問題研究所でも取り上げられています。
私は冷静に見て政治や軍事はともかくとして、ヒトラーの経済政策について一定の評価をするものです(第一次対戦からのどん底にいる国民を公共事業(アウトバーン)や国民車等の産業政策(ワーゲン (経済学の産業連関分析によると自動車産業の雇用の吸収は大きい)により失業者を亡くしたことです)。
若い人は想像以上に金に困っています。子供を持つ前に結婚がありますが、自身の子供を育てるのであれば、親に自分がしてもらったこと程度は子供にしたいと思うことでしょう。そうしたら、相手はそれなりの人をと望むでしょう。だからミスマッチが起きる。また貧困の連鎖は非常に心配してます。ある先生から、予備校の模試を生徒に受けさせたいのが、生徒は金がなく受けられないと言ったそうです。
前口上はこれくらいにして、では見ていきましょう。
新たに首相になったヒトラーはすぐに少子化対策を打ち出しました。
それは結婚適齢期の女性に1000マルク(だいたい当時のドイツ人の年収の半分くらい)を無利子で貸し出し、一人子供が生まれるたびに25%づつ免除するというもの(だったはず、間違えであれば訂正します)。
そして3人生まれれば借金が無くなります。
ちなみにこの結婚準備貸付金は現金ではなく商品券のようなもので支給され、家財など特定の商品と交換できたのだとか。(一種の産業振興策も兼ねていたのですね)
更に4人以上の子供をもつ家庭には所得税の減税処置も織り込まれました。
これにくわえてヒトラー内閣は新結婚法も施行。
これはいかなる理由があれ、3年以上別居している夫婦は自由に離婚できるという法律です。
また、出産について、これは給付じゃないところがミソで、あくまで借金です。また女性に貸付したこともミソの一つかもしれません。グラミン銀行も女性にファイナンスしてます。割り切ることはできませんが、男より子供に対するおもいが強い傾向を斟酌してでしょう。
私の世代も親に甘えているということかもしれませんが、あまり将来を期待出来ない相手につきあうより、親と同居し自分のやりたいようにやるほうが楽しいとの意見があります。でも結婚はしたい、でもお互い経済的に見合う相手がいない、、、。矛盾を悩み続け、そして日本はジリ貧になるのかもしれません。ある気合の入ったフェミニストが私にポツリとつぶやいたことは、やっぱり子供を産み育てたかったということです。そのことについては、ある時点の思想を超えて共感します。逆に言うと、そのことを求めない、あるいは、幸せに思えないとしたら世の中が病んでるとしか言いようがないです。社会保障が維持可能であれば、子供を持たなくてもいいかもしれませんがそろそろ日本の社会保障制度も限界が来てます。ある若者の意見として。
2013年05月24日
柳 毅一郎